その161
「うむ。やはりそうじゃ。鶏の羽は、こんな感じじゃ。筆をこうしてああして…。んで絵具をああしてこうして…。」「いい感じじゃ!」
「あなた~ そろそろ夕餉の時刻ですよ。」
「あまり根詰めてお描きになると、身体に障りますわ。もう若くはないんですから。」
「いいや、まだまだ儂は若い!このまま大和絵という名の舟に乗って、はるか美の海の沖まで漕ぎだしたいくらいじゃ。
!!
そうじゃ、号が決まった。
若沖というのはどうじゃ?
伊藤、伊藤若"沖"じゃ!」
「ええ、すてきですね♪
でもあなたの場合、はげしく突き進んでいく感じがどちらかというと"冲"ではないかしら?
伊藤若冲。ほらこちらのほうがぴったり。」
「う、うむ。。。夢中になり満たされている時、儂は空っぽじゃ。若冲か。よいな!」
「夕餉ですよ。」
「もうちょっと…
もうちょっと…」
「…。(鶏、買いすぎたかしら。)」
「きょうはここらにしては?」
「うーん、この羽は、絹の裏から…。」
「お、こやつの眼のまわりもすごいな。」
「あ、あやつの尾羽もすごいな。」
「あ、」
「そうじゃ!ここはこんな技法で…。」
「こら~!!!」 |
「ひ、ひえ~
す、すまーーーん!
ついつい夢中になっての…。」
「よき絵が描けてるじゃありませんか。 さあきょうはここまでにして。」 |
きょうはここまでじゃ!」
「もう、まったく…。(ブツブツ)」
「やれやれ。また旦那さまの独り言か。。なになに?そろそろ筆をおいて夕餉になさるということかな?素直にそう言ってくれればよいものを。。妄想の奥方から叱られる芝居をしないと夕餉においでにならぬとはまた変わったお方だ。。」
(つづく)